快傑蒸気探偵団 【小説版】

小説感想記19冊目

白い煙におおわれたスチーム・シティでは、怪盗虹仮面による、虹水晶の連続盗難事件が発生していた。7つある虹水晶のうち、すでに4つが虹仮面の手に渡り、蒸気警察の八神警部は、市民の批判にさらされていた。赤水晶を虹仮面に奪われたあと、川沿いを散歩していた八神警部。すると、小柄な少年が話しかけてくる。その少年は、伝説の名探偵、鳴滝総一郎にどこか面影が似ていて…。少年探偵鳴滝の誕生を描く、小説オリジナル版!【1巻裏表紙より引用】

登場人物

鳴滝

探偵を志す少年、鳴滝(ナルタキ)。10歳。顔の半分が隠れるほど長い前髪の間から力強い瞳を覗かせ、深緑でだぼだぼのトレンチコートで体を包む。年相応の人懐っこさを見せるが、考古学に深い造詣と強い興味を見せ、とびきり濃いコーヒーを好むなど、言葉遣いや振る舞いは10歳のそれではない。父親は名探偵と呼ばれた鳴滝総一郎(ナルタキ ソウイチロウ)。父親の死と時を同じくして行方不明とされていたが、父に近づくため探偵を志し、難関の学科試験と身体検査を経て私立探偵養成アカデミーに入学。アカデミー創立50周年となる、スチーム・シティ歴298年に卒業。銃の携行や自動車免許の取得が許可される探偵免許が与えられると、その承認番号は269845699。探偵承認番号の桁の多さは探偵能力の高さを表すとされ、9桁の承認番号はベテラン刑事の八神が知る限りでは過去に鳴滝総一郎のただ一人。担当教官は鳴滝の才を、近い将来スチーム・シティの難事件の殆どを解決すると称賛した。鳴滝探偵事ム所を開き、愛用のアタッチメント・ガンを手に、数々の難事件を担当することになる。

サニーネ

サニーネ。14歳。帽子を目深にかぶり素顔を隠す少年。小さい頃から頭抜けて頭がよく、対等な相手を求めて探偵学校に入るもレベルの低さに辟易する。銃の腕前、メカへの精通や的確な判断力が必要になり、成績の上位2名しか選ばれない探偵資格取得試験の受験者に選ばれる。探偵稼業には興味がなく、自分がどれだけ優れているかを示すために試験を受けるが、年下の鳴滝に明確な敗北を突きつけられる。失意の中、立て続けにエイラル病に罹患していることが判明。エイラル病は内臓が徐々に腐敗し、肉体の節々に痛みが走り、呼吸困難に陥る不治の病。失望の淵に沈み、生きる意味を失っていたが、探偵として活躍する鳴滝に当てられ、探偵資格取得試験では命を助けられた恩人でもある鳴滝を激しく憎み、嫉妬し、憎悪と敵愾心で心を燃やす。二人が探偵になれば警察官の半分は職を失うと噂されたほどであったが、鳴滝は探偵に、サニーネは鳴滝と敵対する怪盗になる道を選ぶ。蒸気コンピューターや小型飛行装置を作るなど機械工作を得意とし、スチーム・シティから南東に50kmの森林地帯に存在する古城を居所に怪盗として活動を開始。サニーネの家は莫大な資産家の系譜に連なり、古城はサニーネ家の持ち物。かつては栄えていたが、何故かサニーネ一人を残して家族は蒸発してしまい、資産だけが手元に残る。鳴滝にはフルネームを明かさなかったが、入院時のカルテには、サニーネ・ル・ブレッドと記される。

周蘭々

帝都中央病院で働く看護婦、周蘭々(シュウ ランラン)。16歳。車事故で父親で生物工学の権威、周博士、母親で流行作家のファイファーを亡くす。瀕死状態の父親に施される医療行為を見たことで、看護婦の仕事の意味を見失い、延命して苦しむぐらいなら楽に逝かせるのが看護婦の仕事と、今までと正反対の考えを持つようになる。当時、ル・ブレッドの看護を担当しており、病魔に蝕まれる彼を励ましていたが、絶望を共有したことで、13歳になる妹の鈴々を一人残してル・ブレッドと蒸発。ル・ブレッドの元では真っ黒の看護服を纏い、優秀な看護婦であったため自ら薬の調合を行い、24時間体制で看病する。ル・ブレッドの保護者のような立場であるが、明確な恋愛感情を抱いており肉体関係も持つ。

八神

蒸気警察の警部、八神。白くて豊かな口ひげが特徴。蒸気警察の敏腕警部であるが、10歳以上年下の探偵、鳴滝総一郎を尊敬していた。彼の死を深く悲しみ、鳴滝総一郎殺害の犯人を全力で捜査したが、ナイト・オブ・ファンタムによる仕業であることしか掴むことはできなかった。色とりどりの7つの希少な水晶が相次いで盗まれる、虹水晶事件の担当警部であり、鳴滝のデビュー戦となる同事件では、少年探偵鳴滝に全幅の信頼を寄せ事件の解決に尽力する。パイプタバコを愛用する愛煙家であるが、鳴滝の前ではタバコを控える。

周鈴々

周鈴々(シュウ リンリン)。13歳で両親を事故で亡くし、相次ぐように姉の蘭々も蒸発。居場所を求めて看護婦の採用試験を受け、帝都中央病院で働く。容姿もさることながら愛嬌のある振る舞い、注射は苦手だが働き者であることから患者から人気を得る。16歳の頃、帝都中央病院での研修を終え、実家のあるライラ島へと移る。 美しい容姿へと成長した少女は赴任から3ヶ月で島民の人気者になる。蒸気警察で一番の直情型、鬼瓦耕作(オニガワラ コウサク)から熱烈な求愛をされるも、押しの強い男は苦手のため断る。鬼瓦とは真逆の、母性をくすぐられて頭がよくてしっかりしている男性が好とのこと。ライラ島では姉の蘭々、博士の助手を務め父親代わりであったイーガンの帰りを待ちながら、診療所で働く。紅茶には強いこだわりを持ち、紅茶を淹れることにかけてはお店顔負けの腕前。

ロボット要素

メガマトン

蒸気機関で動く巨大人形、メガマトン。捜査は外部から行う。スチーム・シティ歴129年に興った蒸気革命の影響で、蒸気機関のコンパクト化と自由関節の技術が開発され、以後メガマトンの使用が盛んになる。遺跡発掘には汎用型のメガマトン、警備用には戦闘型のメガマトンが用いられる。メガマトン犯罪が増えると足型の登録が義務付けられ、足型は一体毎に異なる様になっている。メガマトンの自作は可能ではあるが、高い技術と豊富な資金力が必要なため、作れるものはスチーム・シティ内では極めて限られる。

斬肝(ざんかん)

高性能メガマトン、斬肝(ざんかん)。周仙黄(シュウ センオウ)博士と助手のイーガン・クライブの二人で作られた新型メガマトン。開発者の周博士は既に亡く、現在は警察が管轄する巨大人形博物館に展示される。怪盗サルノ事件と呼ばれる出来事の現場で斬肝の足型が見つかったことで関与が疑われる。

イラスト

イラストは原作漫画でもおなじみの麻宮さんの手によるものなので違和感は全くありません。イラストの傾向としては小説の挿絵というよりは漫画の1コマといった印象です。

鈴々お約束のカットは小説版でも健在です。

本作には口絵がない代わりにピンナップが収録されています。

雑感

本作の原作となる漫画を以前に読んでいます。そちらは漫画感想記の方に感想を書いていますので、気になる方は見ていただければと思います。

快傑蒸気探偵団

この帝都(まち)は常に白い煙でおおわれてきた。いたるところから蒸気がふきだし都市の全貌を深い煙の中に隠しているのだ。この土地からは石炭以外に燃料として使用できるものが採掘されたなかったのだ。 それがこの世界に異常とまでいえるほどの蒸気機関の発達をうながしたのである。その煙におおわ…

本作は一巻完結型のエピソードの全2巻となっています。1巻は本編の前日譚になっており、鳴滝が探偵になる前の探偵養成学校での話。探偵としての初陣となる虹水晶事件。宿命のライバルとなる怪盗ル・ブレッドの誕生と邂逅。ル・ブレッドのパートナーとなる周蘭々の苦悩と決断などが書かれています。話自体は面白いし、読み応えも相当なものですが、この1巻は原作を読んでいないとそれほど楽しめないと思われます。原作ありきの内容で、過去の比重が重く話も重めなので、1巻を入り口にして快傑蒸気探偵団に触れるのはあまりオススメしません。

2巻は1巻から少しの時が経ち、漫画版の開始直前のエピソードになります。怪盗サルノ事件を軸として、横で漫画版の始まりにつながる話が展開されます。1巻は入り口に向かないと書きましたが、2巻は逆に向いていると思います。2巻は快傑蒸気探偵団の一エピソードとしても十分な質を持っているし、単純に小説としても面白い。1巻も読みやすい文章でしたが、2巻はより匂い立つような文章に進化しています。それでいて完全に快傑蒸気探偵団だし、メディアミックスの理想形の一つと言える完成度を誇っています。

また、小説版の良い点としては世界観の掘り下げもかなりされています。漫画はどちらかというと物語の中で世界観が徐々に明らかになる形でしたが、小説媒体特有の細部の描写がしっかりされているので、初めて触れる人には親切な気がします。

本作は明確な欠点がない良作ではありますが、敢えて苦言を呈するならば何故全2巻なのかということです。麻宮さんのHPを除くと未発表の話がいくつかあるようなので、その話をぜひ小説化してほしかった。単純にもっと読みたかったです。

本作は原作漫画を読んで楽しめたなら間違いなく楽しめます。原作に雰囲気の近い冒険活劇を読みたいなら2巻を、原作漫画の深いところを知りたいなら1巻をといった感じで楽しみ方を自由に選べます。原作未読で快傑蒸気探偵団に興味があるならば2巻か原作の漫画版からがオススメです。面白い小説を読むために原作を買うというのも一つの手かもしれません。

作品データ

快傑蒸気探偵団
浅野智哉
麻宮騎亜
集英社 集英社スーパーダッシュ文庫 2000/9 ~ 全2巻
漫画を原作とした小説で本編の前日譚になる
イラスト枚数 1巻7枚 2巻10枚


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表紙と外部リンク

快傑蒸気探偵団 白き闇の少年探偵
2000年9月発売
快傑蒸気探偵団 2 緑の風の天使
2001年9月発売

余談(ネタバレ注意)

ネタバレありきで少し余談をしますのでご注意を。

蘭々について

漫画版では蘭々の経緯について明確には書かれてなかったと記憶していますが(うっすら記憶です)、本作で書かれたその部分について思うことがあります。

彼女自身わかっているでしょうが、自分が忌避したことをル・ブレッドにしており、彼に強く依存しています。あからさまに矛盾した行動であり、美少年だからル・ブレッドは許されたのでしょうか。例えばおっさんだったら、彼女は行動を共にしたのでしょうか。自分の推測では恋愛感情ありきだと思うので、蘭々の考え方に納得がいっていないです。

周博士は車の事故で危険な状態であるものの存命であるから必死の治療をしたわけで、その治療を否定することもよくわかりません。例えば、他にも急患がおり、そちらの急患の方が救える可能性が高かったのに周博士の治療に力を入れてしまったとかなら嫌悪感を抱くのは理解できます。ただ、そういう事情はなく、周博士は死にたがっていると勝手に思い込み、そして勝手に見限っています。

周博士は生前そういった素振りを見せていた可能性が低いです。家族を愛しており、まだ幼い娘もいる。それなのに家族を残して先に逝きたいのだろうか。また、強力に脳の移植を希望していたことからも、家族を本当に守りたかったのではないだろうか。

蘭々は肉体にメスや器具を入れることを嫌悪したように書かれていますが、薬はOKなのでしょうか。薬による治療を否定をするわけではもちろん無いですが、事故による重傷なら毛嫌いするようなものではないと思います。不自然といえば、自然の摂理に反するという意味では薬を使って生き長らえる方が不自然です(あくまで作中の中での話ね)。

ル・ブレッドは生きる意志を見せたから生かした。周博士は死にたいと勝手に思ったから見放した。傲慢な蘭々の考え方は苦手です。

この件を自然に処理するならば、事故から数日から数週間は周博士に生きてもらって、死にかけているのに機械で無理やり生かし、その様子に苦しむ蘭々を描写し、反対に鈴々はその状態でも父親の回復を祈る、みたいな感じであれば対比にもなるし、蘭々の気持ちにも寄り添えたと思います。

看護や医療というのは自分には未知の領域で、死や痛みを共有する大変な職業だと思いますので心中慮るし、そういった部分の描写が欠けていたので違和感を感じました。

ル・ブレッドについて

原作漫画では信念を持つ誇り高き怪盗といった印象を受けるル・ブレッドですが、彼の生々しさ、人間らしさがかなり書かれていました。負の感情の外側にいそうな印象を持っていましたが、彼の足を動かす根底には憎悪が満ち、鳴滝に対する複雑な感情がありありと表れているのは新鮮でした。

漫画版とは矛盾しているような印象を受けますが、仮面の下の貌としてはとても面白く、相反する振る舞いがより漫画版を際立たせる結果につながっていると思います。

蘭々は悪い印象を持ちましたが、ル・ブレッドは逆に好印象を持ちました。

矛盾

本作と作者である麻宮さんのHPに記載されている内容の間にはいくつかの矛盾があります。

矛盾その1。本作では虹水晶事件は探偵記録帳には伯爵令嬢誘拐事件として記録された、とありますが、HPの方では全く別の事件になっています。

矛盾その2。2巻の事件は作中では怪盗サルノ事件と銘打たれましたが、HPでは古代遺跡盗難事件となっており、概要からして全くの別物の怪盗サルノ事件があるようです。

矛盾その3。鳴滝の誕生年が違っています。小説版では298年現在で10歳ですが、HPの年表だと12歳になっています。鳴滝以外の他の人物の年齢は年表通りなので、鳴滝だけが2歳分ずれています。

矛盾その4。HPの年表では怪盗サルノ事件は298年の出来事とされており、漫画本編開始の3年前となります。そして、事件簿の方では小説版2巻の出来事である古代遺跡盗難事件の後にナンバリングされており、HP内でも時系列(順番)が矛盾してしまっています。

矛盾その5。誤植の可能性が高いけど、2巻で周家族の事故死が半年前になっています。もしかしてと思って漫画版の方を確認すると事故死は2年前となっています。ちなみに本作の1巻では鳴滝と鈴々が出会うのは3年後となっています。2年と3年はニアピンだけど、半年は流石に無理があるので誤植でしょう。

はい、重箱の隅つつきでした。まぁ、こういった矛盾というのは脳内で補完すればよいだけの話なのでさして気にするものではないです。そんなことより本編の続きが読みたい!

余談終わります。お疲れさまでした。

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