機動警察パトレイバー 【小説版】

小説感想記15冊目

警視庁特車2課に研修にきていた香貫花クランシーの帰国する日が近づいた。香貫花は置き土産として野明にある”指令”を託す。その”指令”をめぐって野明の心におこる小さな波紋を描いたオリジナル短編”アクセス”。天才科学者が死ぬまぎわに仕掛けた巨大な犯罪を防ごうとする特車2課の活躍を描く劇場版のノベライズ中編”風速40メートル”。TV、映画、ビデオでおなじみのアニメ「機動警察パトレイバー」を、その生みの親の1人である脚本家・伊藤和典が小説家。「月刊ドラゴンマガジン」に連載され、大好評を博した2編を収録。【1巻そでより引用】

登場人物

泉野明

警視庁警備部特化車輌二課、通称特車二課・第二小隊所属のレイバー隊員、泉野明(イズミ ノア)。21歳。階級は巡査。北海道出身で、実家は酒屋を営む。レイバーを愛する余り警察官になることを志し、第二小隊隊長の後藤のスカウトで、イングラム1号機の操縦者として警察官になる。視力は2.0と良く、車幅感覚に優れ、細やかなレイバーの操縦には天性のものが見える。しかし、精神状態の不安定さから本来の力を発揮できず、集中力を欠いたことでミスをするなどメンタルの弱さが見える。流されやすく天然気質の性格でもあるため、後藤の姪の真帆子(マホコ)の付き添いで、警察官であることを伏せてホステスとして働いたこともある。実年齢以上に幼く見える童顔であったことから、おじさん方の保護欲を刺激し、人気を博す。ちなみにホステス時代の源氏名はイズミノアキラ。

篠原遊馬

特車二課イングラム1号機の指揮者、篠原遊馬(シノハラ アスマ)。23歳(多分)。階級は野明と同じく巡査。野明が操縦する1号機の指揮を職務とし、1号指揮車に搭乗し、1号指揮車を運転する長身で気弱な男性、山崎ひろみと共に野明を支える。レイバーに関する知識を豊富に有すため、対レイバー戦では的確なアドバイスを送る。普段は軽口を叩く自信家だが、家族のことが絡むと意固地になり、部隊内や野明と軋轢を生じさせ、任務にも支障をきたすことがある。警察官をしているがその実はレイバー事業の大手、篠原重工の御曹司。篠原重工創設者の祖父、雄高(ユタカ)は遊馬を溺愛するが、父親の一馬(カズマ)とは犬猿の仲と呼べるほど拗れている。母親を5歳の頃に亡くし、2人兄弟の兄、一驥(カズキ)も4年前の交通事故で亡くしている。兄の一驥は天賦の才と魅力を併せ持った一角の人物であったことから、篠原重工の後継者として期待されていた。父親に嵌められて警察官になったと噂されるが、実際は親子喧嘩の末に大学を中退し、衣食住が保証されることから自らの意思で警察官になった。父親の一馬とは確執を抱えたままであるが、篠原重工八王子工場の工場長、実山剛(ジツヤマ ツヨシ)をじっちゃんの愛称で呼び慕い、仕事柄厄介になることが多い。

熊耳武緒

特車二課イングラム2号機指揮者、熊耳武緒。本人がいないところではおタケさんの愛称で呼ばれる。28歳。階級は他の二課の面々より一つ上の巡査部長。日本語は当然として中国語、英語、仏語を話すマルチリンガル。洞察力、指揮能力、現状把握の素早さ、判断力、どれをとっても卓越し、レイバーの操縦までもそつなくこなす。更に柔道三段と隙がない。両親から過保護なまでに溺愛されて育てられたが、振り回されない客観性と冷静さが必要と自ら律したことで、しっかりとした性格に育つ。その性格から二課の緩みに緩みきった空気を締め上げる級長と化すが、野明と遊馬の関係を心配し、助言をする気遣いも見せる。特車二課に来るまでの経歴は、返還前の香港で2年間の警察研修、帰国後は外事二課に1年所属。その後、特車二課に転属希望を出したことで、特車二課に配属となるが、外事二課の面々は熊耳の能力を惜しんだ。特車二課では香貫花(カヌカ)・クランシーの抜けた穴を埋めるべく2号機の指揮者となり、直情型の2号機操縦者、太田功(オオタ イサオ)をコントロールする。本来は特車二課に来るようなキャリアではないが、香港時代に関与した事件や不可思議な男、リチャード・王(ウォン)と出会った影響が大きいと思われる。

後藤喜一

特車二課第二小隊隊長、後藤喜一(ゴトウ キイチ)。年齢は40代半ばあたりと思われる。愛煙家。昼行灯などと陰口を叩かれるが、かつては剃刀後藤として名を馳せた。過去の経歴を語ることがないため謎が多く、人を食ったような性格をしているため、掴みどころが少ない。警察内部では猫の手以下と酷評されるほど失敗が多い第二小隊であるが、部下を責めることはなく、自戒、自省を促すよう語りかける。強制や命令が嫌いと公言する反管(放任)主義の裏には、第二小隊の面々の自立を促す狙いがあると推測される。直属の上司である二課長、福島隆浩すら手玉に取り、福島の発言から歴代の二課長は後藤のせいで次々と更迭されていることが伺えるなど、上層部に特別なコネを持ち合わせている模様。水虫であるため年中サンダルを履き、カレーを食べる時はご飯とルーを混ぜつくして餅状にしてからしか食べないなど、女性受けは悪そうであるが、姪の真帆子からは素敵なおじさまと好かれている。

ロボット要素

AV-98 イングラム

パトレイバー98式AV・イングラム。全長8m、重量6.6t。装甲はFRP素材。白と黒のツートンカラー、胸部には桜の代紋、肩にはパトライトが付く。初代パトレイバーである96式MPLアスカから数えて二代目パトレイバーにあたる。アスカ96は土木作業用のアスカ95を改修し間に合わせた機体で、イングラムはデザイン含めて警視庁の要望で新設計された汎用レイバー。作業用のレイバーと比べると馬力では劣るが、機動性、俊敏性に優れる。武装は38ミリ・リボルバーカノンをガンホルダーに携行。腕にはシールドを装備し、腕部プロテクター内に電磁警棒(スタンスティック)が収納されている。火力が必要な場面ではライアットガンを2号機操縦者の太田が好んで用いる。1号機にはイングラムという呼称とは別に、野明からアルフォンスの愛称で呼ばれる。野明の飼っていた犬を由来とし、犬が1世、猫が2世、イングラムはアルフォンスの3世となる。

AV-XO 零式(れいしき)

AV-XO、零式(れいしき)。98式の発展型で98シリーズの最終バージョンにして、HOSで動くことを前提にされた最初の機体。イングラムより格闘戦を重視した機体で、貫手でレイバーの装甲を貫き、片手でレイバーを持ち上げる膂力を持つ。HOS(ハイパーオペレーティングシステム、通称ホス)は自殺した天才プログラマー、帆場暎一(ホバ エイイチ)が制作した新OSで、従来比で30%の性能向上が見込まれる。旧式のアスカ95を使う第一小隊に配備予定であり、ニューヨーク市警でも実験的に導入が始まっている。海面水位の上昇に備える国家的規模による海岸保全計画、バビロンプロジェクト。そのバビロンプロジェクトに従事するレイバーの保守点検を一手にまかなう洋上プラットフォーム、通称、方舟に初号機が運び込まれ、現在は安全面などの確認がされている。一目見た野明いわく顔付きが悪役っぽいとのこと。

レイバー

レイバー。1995年に発生した東京湾中部大地震の復旧作業でプロトタイプ・レイバーが活躍したことで、レイバー産業は大きく拡大する。日本全体でおおよそ8000機のレイバーが存在し、バビロンプロジェクトには3600機が投入され、その数は日本が所有する全レイバーの45%にあたる。菱井、菱川、シャフトなど多くの企業がレイバー開発に参画し、多種多様なレイバーが出回っている。駆動は超伝導モーターによる方法が主流であるが、旧式は内燃機関で動く。ある程度の設備があればジャンクパーツを集めて自作することも可能であり、汎用性の高さが伺える。世界初の二足歩行レイバーは株式会社アスカによるアスカ95式であるが、開発会社であるアスカはその後1年足らずで篠原重工に買収され、篠原重工をより発展させることになる。

イラスト

人物は原作でキャラデザを担当された高田明美さんの手によるものと思われ、綺麗な絵が多いです。

また、キャラデザも当然違和感がなく、見慣れた親しみやすいものだと思います。

カラーページは枚数が多く、質の方も凄く高いです。カラー、モノクロ双方のイラストは枚数も多く、メカとキャラの枚数バランスも良いです。ちなみに、メカは佐山善則さんが担当されていると思われ(間違っていたら申し訳ありません)、質も高いです。

雑感

毎度のことながらアニメ未見ですが、漫画版は随分と昔に読んだことがあります。しかしながら、細かい部分はほぼ覚えていません。そのため、割と真っ白に近い状態での感想となります。

まずは、本作の概要について。1巻は伊藤和典さん、2~5巻は横手美智子さんが担当されています。ナンバリングが振られていながら別の作者さんに替わるというのは、無くはないけどそれほど多くない形式と思われます。本作の場合であれば、地続きのエピソード群ではなく、読み切り形式であるため、交代による物語への影響はほぼありません。しかしながら伊藤さんと横手さんで印象が違うのも確かなので、それぞれ雑感を書いてみたいと思います。

伊藤さんが担当した1巻の感想。出来上がった空気の中に放り込まれた感じです。登場人物の紹介などはなく、場の空気は完全にできあがった状態で話が展開されるので、予備知識無しではちょっとツラいです。1巻に収録されている劇場版のノベライズ「風速40メートル」は話自体が面白いので空気感で楽しめますが、短編「アクセス」はボクシングのジャブみたいな作品で、軽くて読み応えはほぼありません。しかし、キャラ紹介は無いに等しいですが、世界観の説明がされているため、そのおかげで風速40メートルが楽しみやすくなっています。

2巻から横手さんが担当になります。1巻を担当された伊藤さんの文章がとても読みやすく質の高いものだったので、交代されることに不安はありました。しかし、少し読み進め、横手さんもまた質の高い文章を書かれることがわかります。伊藤さんは剛、横手さんは柔といった感じで方向性は違いますが、どちらも親しみやすい文章です。

そして、2巻が凄い。どう褒めたら凄さが伝わるのかわからないぐらいに凄い。傑作です。全てが完璧。2巻は後藤の姪の真帆子と野明のドタバタ劇が書かれたコミカルな短編「シンタックス・エラー」と、遊馬の過去と過去に苦しむ現在の遊馬が書かれたシリアスな中編「父の息子」からなっています。読み応えという意味では父の息子が優りますが、シンタックス・エラーもとても面白い。始まりから終わりまでの綺麗な構成と、同性から嫌われかねない野明や真帆子を可愛らしく、愛らしく書かれているのが好印象です。で、父の息子。これはシンタックス・エラーと違い、重いし深みに嵌まる作品です。感情の機微と読み応えが凄く、描写も素晴らしい。匂いや音が伝わるような細かい描写があって、感情の機微と合わさって作品に入り込めます。そして、重い話でありながら過去と現在を交互に使い分けることで先が気になるように誘導され、また、断定しないことによって書きすぎず、読者が受け取りやすい(考えられる)ようになっているのがニクいです。2巻を読み終わった段階でこれ1冊だけで感想を書きたいと、そう思わせるだけの満足感があります。読後感がまた素晴らしく、多幸感に全身が支配されます。

それほど素晴らしい2巻だっただけに少しの間を置き、続きも期待して読んだわけですが、期待外れでした。かなり酷評することになるので詳細は余談の方に書きますが、2巻が素晴らしい作品だっただけに3~5巻は残念でした。

全体の評価としては良い部分と悪い部分がハッキリしています。ナンバリングが振られていますけど、それぞれで楽しむのが正しいでしょう。楽しみきるために3、4、5巻を読む必要はないし、後藤の過去が気になる既存のパトレイバーファンならば4、5巻だけを読んでも、それはそれで楽しさを享受できます。また、4、5巻を除けばナンバリングナンバー順に読む必要もないので、2巻を読んだ後に1巻を読んだらより楽しめる可能性があるのではと個人的には思います(実践は既に不可能ですが)。単純に面白い小説を読みたいというのであれば1巻と2巻がオススメですし、2巻は多くの人、特に小説家を志す人は一読の価値ありだと思います。

作品データ

機動警察パトレイバー
伊藤和典 (1巻)
横手美智子 (2~5巻)
高田明美
佐山善則
富士見書房 富士見ファンタジア文庫 1990/10 ~ 全5巻
パトレイバーは大きく分けて3つ、OVA、漫画、TVの時間軸があり、本作はOVA版の時間軸の話となる模様(あとがき情報)
イラスト 1巻15枚 2巻15枚 3巻13枚 4巻15枚 5巻15枚







100

表紙と外部リンク

機動警察パトレイバー 風速40メートル
1990年10月発売
機動警察パトレイバー 2 シンタックス・エラー
1992年3月発売
機動警察パトレイバー 3 サード・ミッション
1992年9月発売
機動警察パトレイバー 4 ブラック・ジャック 前編
1993年7月発売
機動警察パトレイバー 5 ブラック・ジャック 後編
1993年10月発売

余談(ネタバレ注意)

ネタバレを考慮せずに不満点を書いていきます。

3巻の1本目、熊耳の香港時代のエピソード「香港小夜曲(ホンコンセレナーデ)」。話自体はよくできているし、香港の描写も綺麗。ただ、単純にリチャード王が嫌いなんで、生理的な嫌悪感で楽しめなかったのだと自分では分析しています。

なぜ王が嫌いなのかというと、元を正すと漫画版からになります。漫画版の不満になりますが、グリフォン編が長すぎだったと思っています。ラスボスの器でもないと思うし、長編に耐えうる器でもないと感じていました。そして、その感じた嫌なものが小説版で払拭されたかというと、より嫌いになる内容でした。

まず、自分が女心に疎いのでしょうね。王に惹かれる熊耳さんの気持ちが全くわからない。子供っぽい(危険な)表現をすればいじめっ子といじめられっ子に見えたし、アダルティに表現すればドSとドMって感じがして、申し訳ないけど傍から見ていて気持ち悪かったです(SM趣味の否定ではないです)。話の出来や文章の熱量とは別に話を好きになれなかったゆえに香港小夜曲は楽しめなかったというわけです。

そして、3巻のもうひとつは山崎ひろみの話「サード・ミッション」です。香港小夜曲は自分の問題で楽しめなかったと思ったのですけど、サード・ミッションは単純に面白くなかった。オチも弱いし、構成の面でも2巻で見せたキレが見当たりません。3巻収録の2本を通してみると質が落ちていると思わざるをえないというのが率直な感想です。

4巻と5巻は後藤の過去と現在の二課が抱える事件がクロスするように書かれた長編作品「ブラック・ジャック」です。ブラック・ジャックに関しては後藤の過去がわかるのでシリーズに長く触れている人は楽しめるのでしょうが、自分には多くの不満が残りました。

乙訓、後藤隊長の過去、テロリスト、野明の成長、これら要素がつながって物語をまとめ上げると思っていただけに、全くつながらなかったことが違和感でしかないです。サスペンス(ミステリー?)の様相を呈するだけ呈して最後はすべてを投げ捨てる。よくもまあこれだけ思わせぶりにできるものだと感心すると同時に、だったらもっとスッキリできたのではと疑念がうずまきます。単純な読み物としては最低な作品だったけど、おそらくだけど本編の方への伏線なんだと思われます。そうでなければあまりに歪すぎます。

そして、横手さんが書いた2~5巻全体での不満点としては二課の面々の無能さが際立ちすぎていることです。お荷物だけどやる時はやるというのが二課の良さだと思われますが、やる時が割合少なすぎます。レイバーが絡む事件は失敗ばかりです。また、単純な技術的なミスであれば研鑽を積めば良いことですが、精神的なことでのエラーが凄く多い。2巻では野明の可愛らしさがうまく書かれていますが、それ以降に関しては野明の心の弱さが目立ちます。また、その弱さで人の命を危険に晒すこともあって、かなりイライラしました。最後まで成長した姿が描かれていないので、残念な気持ちのまま終わってしまうのが残念でした。

良くも悪くもという部分で心情描写が凄く細かいです。丁寧でよく伝わるのだけど、それだけに二課の面々の弱さが際立ってしまっています。特に野明と遊馬はどちらも厳しいです。野明は実年齢以上に幼い少女であって、乙女な感じが出ています。遊馬は指揮者としては落ち着きに欠けるし、冷静さに欠けるし、判断力に欠けます。メンタルの弱い野明を宥め賺し上手いことのせてあげなければならないのに、落ち着きが足りていないために、操縦者より先に混乱してしまいます。指揮者と言う割に感情面での先行が目立ってしまっています。5巻最後でひろみにまかせてしまった場面は脆さの象徴ではないでしょうか。一番の問題児、太田は言わずもがなですね。

そして、そんな面々を選んだのが後藤です。後藤は有能だと思いますが、かなり危険な面子を選んでいます。腹芸に長けるとはいえ、二課という土台ごと抜けてしまいそうなほどに失敗が多いし、隊員構成のバランスが悪い。このバランスの悪さが成長によって修正されるのを期待していましたが、残念ながら小説版ではそこまで書かれていません。そのため、大きなもやもやを残すことになっています。

雑な文章になってしまいましたが、こんな感じで多くの不満を抱きました。おそらくだけど本編の伏線が多いとは思います。的はずれな否定ばかりで申し訳ないとしか言えないです。

最後に余談の余談です。1巻と2巻での設定の食い違い。八王子工場は1巻では浅川鉄工を買収して八王子工場になったとされてますが、2巻では譜代の立場とされています。譜代という言葉を使っていることを考えると買収した工場というよりは元からの地盤であると考えられます。という余談でした。はい、終わります。お疲れさまです。

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